提案に”No”を突きつけられるのは、日常茶飯事
デザイナーが仕事の依頼をいただくと、まずはヒアリングでクライアントがどのようなデザインが求めているかを丁寧に汲み取るところからはじまります。
ヒアリングの段階でどれだけコアな情報を手に入れられるか、どこまで正確にクライアントの想いを共有できるかは、デザイナーにとって腕の見せどころです。
この工程なくして、デザインは始まりません。
さあ、デザインに必要な材料が揃ったらいよいよ制作開始です。クライアントの想いを背負い、手に入れた材料をどうデザインに落とし込んでいくのか、これまで学んできた知識、培った経験、そして自分だけが持っている“センス”が、まさに試されています。
ただ、頭に描いたものを実際にカタチに起こしてみると、いまいちバシっと決まらないこともあります。
それでも、クライアントから伝えてもらったアイデアが少しでも魅力的に、少しでも輝けるように、できる限りの知恵絞り、丁寧に時間をかけて一つのカタチにまとめていきます。
クライアントの感想は、ときに凶器になる
試行錯誤の末、ついに、自分が納得できるデザインが完成しました。
実際のところ、自信作であるほど不安もあるのですが、やはりクライアントに喜んでいただいている場面だったり、自分のデザインが店頭やWebで公開される場面だったり、ポジティブな妄想が捗ります。このときの独特の緊張感は、どれだけ回数を重ねても変わらないのかもしれません。
そんな中、提案したデザインに対して「うーん、これじゃないかな、、」というクライアントからの反応が返ってきました。
それは、たとえ切れ味鋭い言い回しや、悪意のある言葉でなくても、自信作を拒否されたデザイナーのメンタルは全く穏やかじゃないのです。
それが一生懸命作ったものであればあるほど、真剣に向き合った末に生み出したものであればあるほど、自分の感性や能力を否定されたような虚しさが、心に大きな大きな穴を空けます。
もちろんこんなことでショックを受けるのは、クライアントにとっては迷惑なことですよね。
しかし、少なからず感性で勝負しなければならないデザインの世界において、自己表現の極みとも言える自信作が受け入れられないことは、一人のデザイナーとして否定されたような感覚に陥ってしまうんですね。
Noと言われたのはあなたではなく作品
でも、このような思考に陥ってしまうデザイナーは、自分の役割を少し勘違いしてしまっているのかもしれません。
まず整理しておきたいのは、クライアントがNoと言ったのは能力でも、感性でもなく「作品」に対してだということ。
デザインは、クライアントが抱える課題に対して最適な解決策を示すことに大きな価値があります。その過程における”No”は、自分の提案が、その時点でのクライアントの考えと合致しなかったということ。ただそれだけです。
逆に、クライアントのニーズをより正確に汲み取る絶好の機会なんですよね。
これはメンタルを保つためのテクニックや、気高い自己啓発などではなく、複数の異なる頭で一つの物事を考えるときに必要不可欠なプロセスですし、否定的なフィードバックの中にこそ、クライアントの思いが表れます。
さらに言うと、そもそもクライアントからの”No”はあくまでも意志共有過程の一部なので、デザイナーとしての感性や能力が発揮されるのは、むしろその先なんですね。
そう考えると、もう少し気軽に受け止められるというか、お互い納得したものを作り上げるために欠かせないプロセスであることを正しく理解することで、少し肩の力を抜いて向き合うことができるのかなと思います。
それでもダメなら「仮想の自分」を意識しよう
どれだけ頭で理解していても、やっぱり、言葉は時として凶器です。
クライアントにまったく悪意がなくても、こちらの体調次第では率直な言葉に心をえぐられることも間々あります。
そんなときに私がよくやっているのが、「自分自身」と「提案する自分」を切り離して「仮想の自分」として制作することです。
なにを言っているのかわかりませんよね。
ちゃんと説明します。
そもそもなぜ傷つくのかと言えば、デザインに自分の気持ち・感性・エネルギーを乗せているからなんですよね。
クライアントも人間ですから、期待が大きければ大きいほど、求めていたものと違った提案がされたときに、多少は感情的な言葉を投げたくなることもあるでしょう。
ただそれはわかっていても、真摯にクライアントと向き合い、時間をかけて生み出したものが否定されてしまったら、やっぱり落ち込みます。
とはいえ、良いものを作るためには気持ちを乗せて、自分の知識と経験を詰め込んで相当のエネルギーを費やす必要がありますから、正面から向き合えば向き合うほど、提案には少なからず自分が投影されることになります。
つまり、良いものを作ろうとすればするほど、”No”の切れ味は鋭くなり、これはデザイナーにとっては避けられないジレンマなのです。
わかっていても、傷つくものは傷つく。でも傷つきたくない。。
そんな経験を重ねて編み出したのが、別人格=「仮想の自分」として提案する方法です。
「仮想の自分」のつくりかた
例えば、クライアントが”スタイリッシュ”なデザインを希望しているとします。しかし、ご存知の通り、スタイリッシュの定義って人によってまちまちなんです。
もちろん、そこはしっかりとヒアリングで汲み取るべき部分なのですが、クライアントに割いてもらう時間も限られているし、なにより、その言語化が難しいからこそデザイナーに依頼されている方も多いので、実際、曖昧なところを残したまま提案をする場面はとても多いです。
そんなときに、異なる解釈を持った「仮想の自分」を作り出して、デザインするのがすごく便利なのです。
「スタイリッシュ」いう言葉の場合、①ひたすら視覚的な美しさやかっこよさ、②機能性や実用性など無駄のない合理性、③洗練されたコンセプトなど内面的な美しさというように、クライアントが考えているだろうと予想される解釈をいくつか挙げていきます。
そしてそれぞれの視点から、自分がそのように解釈していたらどうデザインするかということを徹底的に突き詰めて、それぞれ異なったアプローチで制作していくのです。これが、傷つきたくない病の私が編み出した「仮想の自分」のつくりかたです。
そうすると、テイストが違う2~3種類のデザイン案が出来上がるので、クライアントの考えている「スタイリッシュ」をカバーできる確率はぐーんと上がります。
つまりこのやり方を採用すると、そもそも否定的な言葉をもらうことが圧倒的に減るんですね 。
しかし、なんと言ってもこの方法の最大のメリットは、イマイチな反応をいただいたとき、「仮想の自分」というフィルターを一枚通していることで、直接的なダメージを軽減できるところにあります。
”自分”と”提案する自分”に程よい心理的な距離感できるので、まるで他人の作品であるかのようにとても冷静に言葉を受け止めることができます。
この方法で取り組んでいたからこそ、私はデザイナーを続けてこれたんだろうなと結構真面目に思っています。笑
意外とデザイナーの本質をついているのかも
自分のダメージを減らすために5年以上取り組んでいた方法ですが、今になって考えると、これって結構デザイナーとしての仕事の本質をついているのかもしれないな、と感じています。
前述した通り、デザイナーの仕事は「クライアントの課題を解決すること」であり、ロゴやチラシ、パンフレット、Webサイトといったデザインも全てその一手段に過ぎません。
もっと言えば、デザインの主役は課題を解決したいというクライアントの「想い」であり、私たちデザイナーの能力や感性は、その想いを引き立てるためのツールに過ぎないんですよね。
いま振り返れば、否定的なフィードバックで傷ついてしまっていた頃は、どこかで自分のデザインが主役だ!という勘違いがあったのかもしれません。
そういう意味で、私が実践してきた「仮想の自分」はクライアントの視点に立って、もし自分がクライアントの立場ならどんなデザインを求めるだろうか、、と考えるための訓練になっていたんだと思います。
このような考え方を続けていると、否定的なフィードバックをもらったときに考える内容が、自分の感性や能力に対する反省から、クライアントの気持ちを汲み取れていなかったことへの反省に変わってくるんです。
そうすると、苦しい気持ちよりも先に、どんな視点が足りていなかったのか、どんな気持ちを汲み取れていなかったのか、とクライアントの気持ちをもっと知りたい!と自然と思えてくるんですね。
私自身、まだまだ修行の途中なのでこれからデザインに対する考えは変わっていくんだと思いますが、クライアントの想いが主役だという根本の考えはずっと変わらない。はず。
主役の魅力を引き出す最高の脇役になれるように、自分の目と腕を磨いていきたいと思います。